第3回|「叱らない・怒らない」は、甘やかしではありません
目次
前回のコラムでは、予測困難な時代を生き抜くために必要な「主体性」についてお話ししました。 今回は、その主体性を育むために、私たち大人が具体的にどう子どもと向き合えばよいのか。その核心に触れたいと思います。
「主体性を尊重する」と言うと、よく「叱らずに、子どもの自由にさせることですか?」というご質問をいただきます。しかし、私たちが大切にしているのは、単なる放任ではありません。それは、科学的根拠に基づいた「共有型(きょうゆうがた)しつけ」という関わり方です。
「言うことを聞く子」と「自分で考えて行動できる子」の違い
子育てにおいて「しつけ」は欠かせません。しかし、その手法によって子どもの未来は大きく変わります。
かつて主流だったのは、大人が禁止や命令、時には罰を与えて子どもを従わせる「強制型(きょうせいがた)しつけ」でした。この関わりのもとでは、子どもは「怒られないように」と周囲の顔色をうかがうようになります。一見「聞き分けの良い子」に見えますが、内面では自分の思考を止めてしまっているのです。
内田伸子(2023)『子どもの見ている世界~誕生から6歳までの「子育て・親育ち」』春秋社(193頁)より作成
キッズコーポレーションの園でも、このような対照的な姿が見られることがあります。 例えば、難しいパズルに挑戦している時。 「強制型」の関わりが強い環境にいた子は、少し行き詰まるとすぐに手を止め、大人を見て「わかんない」「どうすればいい?」と答えを求めます。 一方で、楽しさを共有し、対等な関係で尊重される「共有型」の環境で育っている子は違います。「これかな?」「あ、違うなあ」と独り言を言いながら、失敗さえも遊びの一部のように楽しみ、自分なりに工夫を繰り返すのです。
彼らが発揮しているのは、「自己制御力(セルフ・レギュレーション)」。大人に管理されるのではなく、自分で状況を判断し、解決しようとする強い心です。
「叱られながらやった勉強」が身につかない科学的な理由
なぜ、怒鳴ったり叱りつけたりする関わりは、子どもの成長を阻害してしまうのでしょうか。その理由は、脳の仕組みに隠されています。
私たちの脳にある「扁桃体(へんとうたい)」は、不安や不快を感じると、記憶を司る「海馬(かいば)」の働きを抑制してしまいます。つまり、叱られて萎縮している状態では、脳は新しいことを吸収するモードにはなれないのです。これでは、どんなに熱心に教えても「ザルで水を掬う」ようなもの。
反対に、褒められたり励まされたりして「楽しい!」と感じている時、脳の司令塔である「ワーキングメモリー」が活性化し、情報はどんどん蓄積されます。 「好きこそものの上手なれ」は、脳科学的にも極めて理にかなった真実なのです。だからこそ私たちは、恐怖でコントロールするのではなく、共感的な言葉がけで子どもの「やりたい!」を引き出すことを最優先しています。
保育園で行っている「考える余地」を残す言葉がけ
キッズコーポレーションの園では、子どもに「考える余地」を与える関わりを徹底しています。 大人がすぐに「こうしなさい」と正解を押し付けることはありません。
例えば、お友達と玩具の取り合いになった時。 「貸してあげなさい」と命令するのではなく、「どうすれば二人で楽しく遊べるかな?」と一緒に考えます。あるいは、水たまりに入ろうとしている子に「ダメ!」と叫ぶのではなく、「あそこに入ったら、靴はどうなるかな?」と、一歩先の未来を予測させる問いを投げかけます。
私たちはこれを、子どもが自力で答えにたどり着くための「足場(スキャフォールディング)」と呼んでいます。大人が一歩引いて見守ることで、子どもは「自分で決めた」という自信を持ち、それが次の挑戦へのエネルギーになるのです。
家庭で意識してほしい「子育て10カ条」のポイント
ご家庭でもぜひ意識していただきたいのが、子どもを一人の自律した人格として尊重することです。私が提案している「子育て10カ条」の中から、今日から実践できる2つの視点をお伝えします。
【第3条】提案の形で話す(命令ではなく選択を) 「早く着替えなさい!」と言う代わりに、「青い服と赤い服、どっちを先に着てみる?」と提案してみてください。子どもに「選ぶ権利」を与えるだけで、驚くほどスムーズに動いてくれることがあります。自分で選ぶことは、主体性を育てる第一歩です。
【第4条】共感的に受け止める(失敗は学びのチャンス) 子どもが失敗した時、「だから言ったでしょ」という言葉が喉まで出そうになります。しかし、そこをぐっと堪えて「痛かったね」「悔しかったね」と気持ちに寄り添ってください。安心感という土台があってこそ、子どもは再び立ち上がる勇気を持てるのです。
管理するのではなく、育つ力を信じる
私たちの保育は、子どもを「管理」して大人の思う通りに動かすことを目的としていません。子どもの内側から湧き上がる「知りたい」「やってみたい」という芽を、大切に守り、育てるための場所です。
大人が「教える人」から「育ちを支える伴走者」へと変わるとき、子どもたちは驚くほど逞しく成長していきます。 園と家庭が共に、お子さまの「自分で考える力」を信じる。その確信こそが、生涯にわたって学び続けるための、揺るぎない土台になると信じています。
次回予告
「遊び中心の保育は、遠回りではありません ― 遊びが学びになる理由 ―」
次回は、子どもにとっての「遊び」が、どのように将来の学力や非認知能力に結びついていくのか、その秘密を探ります。どうぞお楽しみに。
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